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サンダンス映画祭のオープニング作品として注目を浴びた『ブラインドスポッティング』は、長年の友人であるダヴィード・ディグスとラファエル・カザルが2人で脚本・主演を担当した。友情の話であり、オークランドを舞台にした人種の違う者や貧富の差がある者同士が混在することによって起こる問題を描いた物語である。本作を通してうかがえるオークランドの活気あるビートとエネルギー、同時に都市が抱える怒りや恐怖が今にも爆発しそうな緊張感。これらの真逆の要素が混ざることで予想外の結末が生まれる。
そして、私たちがお互いを見つめた時に、如何に全体像が見えずに色々なものを見落としているかということを描いている。

ヒスパニック系白人のスポークン・ワード・アーティスト、教育者、舞台脚本家であるラファエル・カザル。ブロードウェイミュージカル「ハミルトン」で脚光を浴びた黒人ラッパー兼俳優のダヴィード・ディグス。この2人はベイエリアの高校で出会い友達と共にフリースタイル・ラップをしながら育った。
ディグスはブラウン大学で舞台を勉強し実験的ヒップホップグループClippingを結成。そしてブロードウェイ舞台「ハミルトン」に関わることに。結果18カ月ブロードウェイの舞台に立ちトニー賞を受賞。
カザルはナショナル・スラム・ポエトリー大会で2度優勝後、HBOの番組「Def Poetry Jam」にリクルートされ、怖いもの知らずの若手として注目を浴びる。スポークン・ワードのパフォーマーとして国内ツアーをし、複数のラップ・アルバムもリリースしている。そしてウィスコンシン大学マディソン校のアートプログラムのクリエイティブ・ディレクターに就任し、数々の舞台の製作を担当。また、自身の活動として常に舞台と詩の新しい融合に力を注いできた。

お互いのキャリアが軌道に乗る中、2人は可能な限りコラボレーションする。お互い言葉に対するパッションが強く、共通して舞台、詩、音楽が好きであり、もう一つの共通点はオークランドへの愛だった。地元では“ザ・タウン”の名称で呼ばれていた。だが、彼らが育ったオークランドは物凄い勢いで変化していた。大通りはヒップスターたちが行き交い、コンビニは健康食品に溢れ、値段も上がり、経済が爆発的に伸びていた...だが、その過程で何かを失ってもいた。
『ブラインドスポッティング』はオークランド育ちの大親友2人の間にある見えない壁を晒しだすことで、古いオークランド、新しいオークランド、白人労働者階級のオークランド、黒人のオークランド、スラングだらけで芸術的で活気あるオークランド、暴力的で怒れる反抗的なオークランド、これら全てを描いた映画である。

本作は2人にとってシネマと詩を組み合わせるという、新しいことを実験できる機会となった。彼らが直観的にリアルだと感じる反面、最も個人的な考えや感情が詩的な言葉として表現される世界を作り上げた。本作はスラム・ポエトリーと同じで、攻撃的になる時は一歩も引くことをしない。コリンとマイルズはいつもふざけたり笑ったりしているが、お互いの認識していなかった真実を追求し合う場面ではまったく違う雰囲気を醸し出している。

この映画の本質は、敵味方関係なしに他人に対する先入観を尋問することだ。

本作は同じ環境、同じ敵、同じ態度、同じイデオロギーで育った2人が、1人は黒人で1人は白人であったため世の中の歩き方を変えなければいけなかったという話しだ。表面だけみると2人はオークランドで同じ経験をして育ってきているが、中身をみてみると2人が学んだ世界の見え方は全く違っていた。お互いを見つめた時に、如何に全体像が見えずに色々なものを見落としているかということを問う。

長編初監督のカルロス・ロペス・エストラーダは、エネルギー/スタイル/ユーモアに溢れ、言葉やヒップホップの精神が注入された、大胆で、挑発的で、地元愛に溢れ、人間性が光り輝く作品を創り出した。
指導監督期間残り3日間。
地元オークランドで何の問題も起こさずに、無事に乗り切ることができるのかー。
オークランドが地元で黒人のコリン(ダヴィード・ディグス)は保護観察期間の残り3日間を無事に乗り切らなければならない。コリンと、幼馴染で問題児の白人マイルズ(ラファエル・カザル)の2人は引越し業者で働いている。ある日、帰宅中のコリンは突然車の前に現れた黒人男性が白人警官に背後から撃たれるのを目撃する…。これを切っ掛けに、2人はアイデンティティや、急激に高級化する生まれ育った地元の変化などの現実を突きつけられ、次第に2人の関係が試されることとなる。コリンは残り3日間耐えれば自由の身として新しい人生をやり直せるのだが、問題児マイルズの予期できぬ行動がそのチャンスを脅かす…。
SCREENWRITING IN VERSE
カザルとディグスには企画当初から決めたことがある。それはオークランドを舞台にすることだ。
ディグス曰く「差別を題材にする時、自分がその題材の専門家ではないことを認識することが大事だ。だがラファエルと俺はオークランドについてはよく知っているから、そこを切り口にした。」 具体的なキャラクター設定も浮かんでいた。生意気で、陽気で、ものすごくオークランドでっぽい人間にする予定だった。強情で怒りやすい男と、反省している元犯罪者の2人の間に自然でコミカルな関係を描きたかったと同時に、人種やアイデンティティなどの要素が、社会が彼らに期待すること、お互いがお互いにまたは自分自身に期待することが如何に影響しているかを、この不完全でリアルな男たちに学んでほしかった。本作は、普段あまり注目されることのないその問題を土台として、警察とアフリカ系アメリカ人社会、富裕層と肉体労働者、過去と未来など、目に見えるその他問題を取り上げている。
サンフランシスコ湾の東側に位置するオークランドは現在大きな変化を遂げている最中だ。40年代50年代にはアフリカ系アメリカ人のビジネスとカルチャーが栄え、“西のハーレム”と呼ばれていた。同時に、差別的隔離と貧困に悩まされることとなる。そして60年代の公民権運動が世間を騒がせるなか、オークランドはブラック・パワー・ムーブメントやブラック・パンサー党の中心地となったため、革新的な共同体意識が生まれ、アメリカの中でも独特な方向へと進むこととなる。現在では、白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系というアメリカで最も多様な人種が住む街となっている。結果、高級化が進んだオークランドでは、イキった人たち、ビーガン・フード・トラックや小洒落たアート・ギャラリーなどが増え、急激に高級住宅街と化した“新しいオークランド”は、今までの伝統や生活を脅かすものだった。
オークランドはその美しいソウルを失ったのか?または人々を繋げる新しい手法を編み出したのか?それはディグスとカザルがこの映画で観る者に考えてもらいたいテーマの一つだ。
オークランドの変化が与える影響はマイルズとコリンでは全く違うものだ。カザル曰く「有色人種社会で育ったコリンは、多くの白人が近所に越してくることによって植民地化されていくと感じる。マイルズは違う。マイルズは自分の個性が奪われてしまうと感じているが、コリンにとっては自分の世界が奪われてしまっている。マイルズは貧乏な白人だから社会は彼にも冷たいが、コリンはもっと大きなモンスターを恐れていて、マイルズと違って常に考えて行動しなければならない。」
ディグスとカザルが描いたオークランドは爽快なまでに細かくて地元感がある。だが、同時にこれはアメリカの現実の縮小世界だ。有り余る活気、革新、スタイルが溢れる世界。その裏に存在する不平等、高すぎる住宅、ギャング、犯罪、人種差別、雇用問題、警察による暴力、そして有色人種の親が子供にしておかなければならない“話”。『ブラインドスポッティング』の変わっているところは、ディグスとカザルはその両方の世界を行き来していることだ。片や繁栄する社会、片や沈まぬよう必死にしがみつく社会だ。
OUT OF OAKLAND : THE BLACK PANTHER MOVEMENT
『ブラインドスポッティング』は2つのオークランドを見せている。ひとつは、長く押さえつけられてきた複雑な街。もうひとつは、古い街の上に現れた若き移住者の街。永くその場所をホームと呼んでいた人たちは、新しい風が街の歴史を無視し、コミュニティのルーツが途切れてしまうことを恐れた。
そのルーツの重要な1つが、1966年にオークランドから生まれたブラックパンサー党だ。彼らは黒のレザージャケットを着て、濃い色のベレー帽を被り、ブラック・パワー・イデオロギーを持つ団体として知られているが、彼らの影響はさらに広いものだった。彼らは何世代にも続きオークランドの人々の強いコミュニティ精神を作り上げてきた。
カザル曰く「現在のオークランドの若者たちはブラックパンサーの活動を含む歴史を学んで育っているため、彼らがコミュニティのために何をしてきたのか、またどういう扱いを受けてきたのかを知っている。そのため多くの人々が政府に不信を抱いているが、同時に進歩主義、講義、地域活動の意識も強く持っている。」
ブラックパンサー党は武装による自己防衛を信じていた。それにより、後に法との激しい衝突が繰り広げられることに。ただ、それは彼らの活動の一部でしかなく、それ以外にも彼らは黒人の雇用、平等な住宅供給、またヘルスケアや教育の提供を訴えていた。ブラックパンサー党は、オークランドの貧しい児童に食事を提供する無料朝食プログラムで有名になった。無償ヘルスケアを提供し、老人に交通手段を提供し、選挙活動を実施し、警察の行動の見張りを行った。50年経った今でもブラックパンサー党の善悪は議論され続けている。ただ、オークランドでは彼らの影響は完全に根付いている。元党員がいまだに影響力のあるアーティストや教師として活躍している。トゥパック・シャクールの母親や、多くのオークランドの若いアーティストたちの親や祖父母たちも元ブラックパンサー党員である。
オークランドの人々は地域の高級化に対してとても反抗的だ。オークランドの過去が忘れ去られることを恐れている。カザル曰く「過激な考えで育てられたからこそ、裕福な部外者たちの乱入には不快を感じる。特に、いまだに警察による黒人に対する暴力が続いているからなおさらだ。そういう状況の中このストーリーは展開していく。」
殺すのは誰か、守るものは何か
     移り変わる街、オークランド友情物語
森直人(映画評論家)
ここ数年、アメリカなど先進国社会の変容を示すニュースとして、ジェントリフィケーションという言葉が日本にもよく伝えられるようになった。もともと低所得者層が住んでいた地域に高所得者層が流れ込み、全体の“洗練化”のおかげで安かった家賃も高騰し、従来の地元民たちが抑圧や排除などの憂き目に遭っている――。筆者は情報だけでこういった実態を受けていたわけだが、現場で起きている複雑な軋み、あるいはフラストレーションを、肌で感じさせてくれるのが『ブラインドスポッティング』だ。生々しい「いま」のリアルを届ける傑作と言うしかない。

 舞台となるのは、ジェントリフィケーションの典型や象徴として紹介されることが多い街、サンフランシスコ湾に面するカリフォルニア州の都市オークランドだ。

この映画は“古くて新しい問題”から始まる。刑期を終えて指導監督期間もいよいよオーラス間近、自由の身まであと3日となった黒人青年コリン・ホスキンス(ダヴィード・ディグス)。そんな折、彼は夜の路上で逃走する黒人男性を容赦なく射殺する白人警官の姿を目撃してしまう。
我々はすぐに想起するだろう。1967年、暴動に巻き込まれた黒人の若者たちが白人警官から強烈な尋問を受ける『デトロイト』(2017年/監督:キャスリン・ビグロー)。1970年代のニューヨーク、白人警官の偏見で強姦の冤罪をかけられた黒人青年の悲哀を見つめる『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年/監督:バリー・ジェンキンス)。それと近い時期の実話を基にした『ブラック・クランズマン』(2018年/監督:スパイク・リー)では、2017年にヴァージニア州でデモの参加者を轢き殺した白人至上主義者の騒動を捉えたドキュメント映像が追加される。
コリンは殺された黒人に自分を重ね合わせる。それは奴隷制から何百年も続く人種差別の歴史が、彼の身に切迫した恐怖として推し掛かってきた瞬間とも言えるはず。

一方でここオークランドは、表向きリベラルな街だ。港町で昔から移民が多く、雑多な人種が暮らし、1966年、ゲットーでの自衛を当初の目的にブラックパンサー党が結成された場所でもある(本作の劇中でも不当に逮捕された党員アンジェラ・デイヴィスの解放を求めるポスターなどが挿入される)。「よそ者」に寛容な街という進歩的なイメージがあり、実のところ犯罪率は高いのだが、各地から自由な気風の人間が集まってくる。最近はいわゆるテックブームにより、ベイエリアにオフィスを構えたIT企業の社員たちがたくさん移り住んでくるようになった。

 ところがその、最近越してきた新参の金持ち連中を気に食わないのが、白人のマイルズ(ラファエル・カザル)である。タフで粗野な彼は、日本風に言えば「地元のヤンキー」。だが生粋のオークランドっ子を自負する彼は、例えば人種差別に忙しいようなわかりやすい保守ではない。親友のコリンと同様、妻のアシュリー(ジャスミン・ケパ・ジョーンズ)は黒人で、幼いわんぱくな息子を育てている。昔ながらの環境を受け、俺こそがオークランド・スタイルのスタンダードなんだぜ、とでも全身で告げている感じ。

そんな彼の敵は新興勢力である「ヒップスター」だ。関西弁で言うところのイキってる連中――要は「意識高い系」といったところか。先端的なテック企業に勤め、地産のオーガニック食品、ヤギのチーズやクラフトビールを好み、洒落た音楽を流すパーティーを開いては軽々しくオークランド愛を語る。マイルズは馴染みの「クイックウェイ」(“Kwik Way”。1952年に設立されたオークランド拠点のファストフードチェーン)が、ビーガンバーガーやデリバリーを始めたことにも我慢ならない。コンビニでグリーンジュース(青汁)が10ドルで売られ始めているのを知った時は「キリストの血かよ!?」と店員に絡む。

しかしコリンの方は、わざわざ高い金を払ってグリーンジュースを飲むのだ。彼の元カノである会社の受付係ヴァル(ジャニナ・ガヴァンカー)はインド系で、向上心のある彼女の生き方がコリンに影響を与えている。映画の後半でようやく知らされるが、コリンが逮捕された事件の現場にたまたまヴァルは居合わせていた。バーで「コロラド野郎」をボコボコにした時、マイルズは警官に見逃され、コリンだけが逮捕された。そこでヴァルは未だに残る米社会の根っこの腐臭を嗅ぎ取っていた。
「あなたはマイルズと縁を切るべきよ。白人を痛めつけている時に警官が来て、撃たれるのはマイルズだと思う?」

もともと『カルビンとホッブス』(米郊外を舞台にした新聞連載漫画。6歳の少年と彼の親友であるぬいぐるみのトラの日常を描く)ばりの親友だというコリンとマイルズだが、あの事件以来、ふたりの仲には密かな亀裂が入っている。だがマイルズは、ここで失態を犯したら指導期間が一年延びるコリンの危うい現状にもどこか無頓着だ。
 このコンビが引っ越し業者という設定も面白い。街から出ていく家族、入ってくる連中――どれだけ移り変わりが激しいかを日々実感している。客のひとり、長らくオークランドの住民や風景を撮ってきた老写真家はこう漏らす。「私たちは刈られようとしている。新しいオークランドのために追い出されるんだ」――。

資本主義的な生き物としての街。その新陳代謝からはじかれていく人々。だがこの映画は一概に「新しいオークランド」からのバックラッシュを訴えるものではない。コリンの母親は「街がマシになってきたから引っ越したくない」と語るし、なにせいちばん古い層では、奴隷制からの歴史がコリン(たち)を撃とうと待ち構えているのだ。
本作の重層性を象徴的に示すキーワードは「ニガー」だろう。元来ニグロを語源とする被差別語だが、コリンは逆に少年の頃からマイルズを「ニガー」と呼んできた。しかしマイルズの方は決してコリンを「ニガー」とは呼ばない。ここにはマイルズの友情の流儀と、差別意識が反転して絡まった様相が表われている。
また黒人であるマイルズの妻アシュリー。彼女にとって決定的だったのは、マイルズが無邪気に“KILL A HIPSTER SAVING YOUR HOOD”(ヒップスターを殺して街を守れ)と書かれたTシャツを着た直後、彼が自宅に持ち込んでいた銃を幼い息子がいじっていた件。この恐ろしい緊迫感のあと、夫に生き方の改善を強く突きつける。だがマイルズは妻から「ニガー」と呼ばれるのは嫌う。その意味では彼も「ニガー」からの脱出を希求している。
この映画では随所に分割画面が用いられるが、二極的な格差や比較がテーマではない。顕在化されるのは複雑なレイヤーで無数に顔を出す“小さな分断”だ。社会の一筋縄ではいかない捻れは人間関係にも反映され、だからこそ我々は丁寧に融和を目指していかねばならない。これは日本でもまったく同じ課題だろう。

ヴァルを通して説明される「ルビンの壺」。壺の絵にも見えるが、ふたつの顔の絵にも見える。だがその両方を同時に人間は認識できない。パッと見ですべてを判断してはいけない。「絶対盲点」(ブラインドスポッティング)があることを前提に、もうひとつの見方を導入する努力が常に必要だ――。
ローカルに徹底密着することで、流動化する現実と世界把握の基本を凝縮して描く。本作はまさにその達成の見本だろう。そして不安定な街の隙間から、ストリートを歩くコリンの呟くようなラップが聴こえてくる。
ダヴィード・ディグス
Daveed Diggs(Collin/Co-Writer/Producer)
トニー賞/グラミー賞/ルシール・ローテル賞受賞俳優兼ラッパー。ブロードウェイで大ヒットした「ハミルトン」での活躍で知られる。直近では『ワンダー 君は太陽』(18)に出演しており、その際の演技が評論家に絶賛されている。他にもネットフリックス作品の「ベルベット・バズソー:血塗られたギャラリー」に出演している。テレビでは、新しいシリーズの「Snowpiercer」に出演しており、その他多くのアニメーション作品に声優として出演する予定だ。過去には「Black-ish」「アンブレイカブル・キミー・シュミット」「LAW & ORDER:性犯罪特捜班」や、バズ・ラーマン監督による「ゲットダウン」などにも出演している。 「ハミルトン」で俳優として活躍する以前から、ディグスはラッパーとしてヒップホップシーンでも人気を得ていた。彼は一人、またはClippingというトリオで国内外ツアーを成功させている。
ラファエル・カザル
Rafael Casal(Miles/Co-Writer/Producer)
ベイエリア出身のライター/パフォーマー/プロデューサー。スラム・ポエトリーの大会、Brave New Voicesに参加し、その後HBOの番組「デフ・ポエトリー」に3シーズン出演。さらに、詩/音楽/ウェブ動画などを製作し、YouTubeやFacebookで4,000,000視聴を超える人気クリエイターに。2008年から2010年まではウィスコンシン大学マディソン校でクリエイティブ・ディレクターを務め、24以上のステージを監督した。ライターとして、またヴォーカル・アーティストとして、彼の舞台はリンカーン・センター、サンフランシスコ・オペラハウス、NYU、ケネディー・センターを含む100ヵ所以上で上演されている。楽曲もリリースしており、MTV、ShowtimeやSXSW、サンダンス映画祭などで取り上げられている。また、ニューヨーク、ザ・パブリック・シアターで開催されている#BARSのアーティスト・ディレクターであり、設立者でもある。
ジャニナ・ガヴァンカー
Janina Gavankar(Val)
女優兼ミュージシャン兼プロデューサー兼オタクと、幅広く様々な分野の知識やスキルを持っており、映画、テレビ、ビデオゲームなど多岐に渡って出演している。直近では2017年に発売されたゲーム「Star Wars バトルフロント II」に出演。テレビでは、FOXのTVシリーズ「スリーピー・ホロウ」にヒロインとして出演、HBOの「トゥルーブラッド」でシェイプシフターのルナやLifetimeの「Lの世界」でパピを演じている。その他「ヴァンパイア・ダイアリーズ」「ARROW/アロー」「グッドウィン家の遺産相続バトル」などにもゲスト出演。映画では、2017年にサンダンス映画祭で上映された『シドニー・ホールの失踪』(未)でローガン・ラーマンやエル・ファニングと共演している。また、 制作中の作品「The Cortex」ではジョシュ・ルーカスと共演している。「The Cortex」は彼女の制作会社Safe Haven Productionが手掛ける初めての作品でもある。彼女は音楽の才能もあり、カーネギーホールで Questloveとパーカッション・デュエットを行ったこともある。
ウトカルシュ・アンブドゥカル
Utkarsh Ambudkar(Rin)
『ピッチ・パーフェクト』への出演でブレークしたアンブドゥカル。これからの活躍が期待される俳優。Netflixのアクション・コメディ映画「ゲームオーバー!」にアダム・ディヴァイン、アンダーズ・ホーム、ブレイク・アンダーソンと共演している。また、ロマンティック・コメディ作品「Basmati Blues(原題)」ではブリー・ラーソンと共演し、「Brittany Runs a Marathon」などの新作映画の公開も控えている。その他「ブラザー・ミッション -ライド・アロング2」でケヴィン・ハートやアイス・キューブと共演しており、『バーバーショップ3リニューアル!』(未)でもアイス・キューブと共演している。
ジャスミン・シーファス・ジョーンズ
Jasmine Cephas Jones(Ashley)
トニー賞受賞ブロードウェイ作品「ハミルトン」にペギー・スカイラーとマリア・レイノルズ役として出演。ジャスミンはバークリー音楽大学で歌を学びネイバーフッド・プレイハウスで演技を学ぶ。LAByrinth Theater Companyの一員であり、「ハミルトン」(ブロードウェイ)や「The Loneliness of the Long Distance Runner」(Atlantic Theater)などの舞台制作に関わっている。映画作品では『ミストレス・アメリカ』(未)や『Titus(原題)』、テレビ作品では「ブルーブラッド」、「アンフォゲッタブル 完全記憶捜査」「Odd Mom Out(原題)」などに出演している。その他にも長編映画「Blood Surf(原題)」でジェームズ・フランコと共演し、HBOの「GIRLS/ガールズ」シーズン6にも出演。第51回スーパーボウルでは「ハミルトン」の共演者とともに“America the Beautiful”を歌い、ファッションブランドLou & Greyとのコラボも実現させている。直近では『Dog Days(原題)』、『Monsters & Men(原題)』などの映画作品に出演している。
監督:カルロス・ロペス・エストラーダ
Carlos López Estrada (Director)
メキシコ・シティ生まれ。12歳でアメリカに移住し、チャップマン大学のフィルム・スクールに入学。その後コマーシャルの他、Clipping、サンダーキャット、フライングロータス、パッション・ピット、など数々のアーティストのミュージックビデオを監督してきた。僅か24歳の時に自身のガレージでメキシカン・ポップ・バンドのJesse & Joyのミュージックビデオをストップモーションで撮影し、ラテン・グラミー賞を受賞。現在でも彼は史上一番若いラテン・グラミー受賞監督だ。2015年、カルロスは初めてショートフィルムを監督。「Identity Theft」というその作品はパームスプリングス国際短編映画祭で上映された。その後、ロスからニューヨークに拠点を移し、ラファエル・カザルとダヴィード・ディグスと#BARSの映像を監督することとなる。近年では、TVシリーズ「High & Mighty」を監督し、『ブラインドスポッティング』は初の長編映画作品となる。
荒削りの勢いとセンス、カット割り、そして究極の優しさ。
衝撃のラストとその不器用さで挑む現実社会。皆でひっくり返そう。
窪塚洋介
俳優・アーティスト
銃社会、人種問題、貧富の格差…絶妙に切り取られたアメリカの「現在地」に絡んでいくラップの見事な緩急!フローに身を委ねているうちに惹き込まれ、クライマックスは思わず瞬きを忘れました。ぽんこつで不器用だけど憎めないマイルズとコリンの友情がたまらなく愛おしい。
傷だらけのふたりも、この不完全な世界も、見えている景色もブラインドスポットも、丸ごと抱きしめたくなります。
小川彩佳
フリーキャスター
すごい…
見終わった感想はその一言だけでした。ヒップホップを愛するすべての人に観てほしい一作。「real」な分断とは何かが鮮烈に描かれています。
ネットで想像上の敵をヘイトしたり、「いい話」に感動する今日このごろですが、オークランドに3日滞在すれば筋金入りのリアルに出会えます。そのリアルさにはリズムが伴っている。
自分は英語ネイティブですが、日本語字幕を読み続けてやっと追いつけました。このしゃべりの早さ、学校ではけして学べません。悔しいぐらい、真似できない。
「Keep it real」の尊さを学びました。
モーリー・ロバートソン
ジャーナリスト/DJ
アメリカの都会が抱える様々な問題や課題を一つの物語の中で、コメディ・タッチできわめて有機的に扱って、観る人に多くの余韻を残します。意外なほどの力作です。
ピーター・バラカン
ブロードキャスター
約50年前にブラックパンサー党が結成されたオークランドから届いた、最もリアルで最も新しいプロテスト映画。
フリースタイルラップのように発せられる、主人公の「言葉」の力に打ちのめされた。
宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト
「小さな分断」が複雑に織り成す現在の街では、差別構造も一筋縄ではいかない。
そんな中、SNSではなく歌声としてストリートの詩はいかに立ち上がるのか。
生々しい「いま」のリアルを届ける傑作友情物語。『ドゥ・ザ・ライト・シング』以来の画期点かもしれない。
森直人
映画評論家
フルートベール駅で』や『ブラックパンサー』、『KICKS』の舞台オークランドから、またもや傑作が誕生。<ヒップホップの隠れた首都>では、会話はそのまま詩となり、フリースタイル・ラップになっていくのだ。変わりゆく故郷の街への賛歌と、アメリカの現実へのプロテスト・ソングを同時に奏でてみせた脚本兼主演のダヴィート・ディグスとラファエル・カザルに拍手を。
長谷川町蔵
文筆家